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America! 1
久々に旅に出た。旅に出る、といってもなんていうかそんなに大事ではなくてアメリカにざっと2週間。行ってきたのはボストンから入ってニューヘブン、ニューヨーク、シカゴ、フォートワース。勝手気ままに一人旅。
ルイス・カーンの建築は雑誌や本の上での知識は持っていたが、未だに実物を見た事がなかった。この人の作り出した光を見てみたい、そんな想いが募り今回実際に行ける事になった。願いはかなうものと誰かが言っていた、それは本当の事だ。
カーンを見るついでに、というか旅の計画を始めると他にも見たいと思うものがいっぱい出てきた。新しくできたMoMA、ファンズワース邸、母の家、フォートワース現代美術館、シカゴ、落水荘などなど。結果として全部を見る事はできなかったけれど、それはそれでまたいつか行く事の理由が出来たようなものだ。アメリカは聞いてはいたがやはり車社会だ。ヨーロッパやアジアを旅するのとは少し様子も違い、公共交通機関が自分の目的地まで網羅されていない事がしばしばであった。
旅先ではいろいろな事があった。旅は人生の縮図とも誰かが言っていたが、見知らぬ土地でさすらい様々な人と出会い目的に向かって進んで行こうとする魂は、長いであろう人生を思わせるに十分なものであった。そしてそれは、一人旅であるからこそ得られるものに違い無いと、どこかで思ってもいた。おそらく何歳になってでも、自由を与えられて飛んで行く方向にはその人の本心に迫るものがあると思う。
この文章の題名はブログとも同じで"America!"とした。感嘆符は意図的に入れた。様々な思いを込めるにこれほど良くできたマークもないのではないか。素晴らしいと思う事あれば嘆く事もあり、驚きも喜びも発見も全て経験してきた。稚拙ではあるがそうして経験してきた事を少しずつでもここに書き記していこうと思う。
いずれにしても旅は素晴らしい。
■2004/11/19 名古屋からボストンへ
家を出て先ず名古屋空港に向かう。妹が車を運転し空港まで連れていってくれた。名古屋は間もなく新しい空港が臨海部分に出来上がる。今まで使っていた空港も今回で最後かもしれないなと思った。かといって感慨深いものがあった訳でもなく、それよりもどちらかといえば自身の久々の海外旅行ということもあって本当に行って戻って来れるのかという緊張を久々に味わっていた。
ノースウエストに乗り込みデトロイトを目指す。名古屋からの直行便となると日系のものを除くとこのノースウエストのみとなるのだが経済的に行こうとするとやはりこの選択となる。機内のスッチーはほとんどがアメリカ人で日本人は2、3人くらいというところか。飲み物ひとつを頼むのにも緊張してしまった。たまたま自分の隣に座っていたのが日本の方でもと高校で英語を教えられていた方だった。観光でアメリカに行くということだったが向こうではアメリカ全州を車で廻るのが目標だと言う。レンタカーを借りて行かれるという事だった。いろいろな旅のスタイルがあるものだなと改めて思った。
デトロイトに到着すると荷物検査と入国チェックがあった。この時のやり方がよくわからなかったのだが、先程の方がどのようにすれば良いのか教えて下さった。これだけでなくなかなか出てこない荷物を一緒に待っていただいたりと感謝にいとまがない位なのだが、最後は順番待ちと次の便の時間の関係もあってありがとうの一言も言えずに別れる事になってしまった。せめてお名前でも早いうちに伺っておくべきだった。未だにとても悔やまれる。
次のボストン行きの出発時間まではほとんど余裕がなく、それで空港内を走る事になってしまった。デトロイト空港はかなり大きな空港だと思うが、その大きさを十分に思い知った。ほぼ全速力で走っていた。周囲の目もどこかしら自分に注がれている事もわかっていたのだがそれを気にする余裕もない。目指す番号の乗船口に着きチケットを渡したのだがガイドはすんなりと道を示してくれた。間に合ったのだ。ラッキー、と思うと同時に体の力も抜けた。抜けならも飛行機を目指して歩き、ようやく乗り込む事が出来た。発車の時間は過ぎていたのだが、それでもまだ出発する様子が見えなかった。しばらくして自分以外にも2人3人と飛行機に乗り込んできた。もしかしたら検査の時間のかかり具合を考えて飛行機の出発も多少は遅らせるなどの考慮があったのかもしれない。それであればそうと教えてくれれば良いもののそうもいかないものなのか。汗びっしょりというあまり飛行機内では似合わないシチェーションの中でそんな事を考えていた。
2〜3時間でボストンに到着した。到着したからといって誰か迎えが来ている訳でもない。本当であればボストンに住んでいる妹夫婦が迎えに来てくれるはずであったのだが、生憎その日はラスベガスに出掛けているとかで会えない事がわかっていた。ガイド本をひも解きダウンタウンへの行き方を探す。タクシーを使えば簡単なのだがこういう時は自分のクセなのか経済的な方へ経済的な方へと頭がシフトしてしまう。空港内のバスに乗り電車駅へと向かう。ここは比較的簡単な道のりであった。先ずは本日の宿を目指した。あらかじめ日本から予約を入れておいたのだが初日2日はボストンのユースにしておいた。ユースは10〜20代の貧乏学生が多いのだがマイナーな情報も集めやすいという利点もある。建築を見て廻る者にとってはそれに関するどんな情報もありがたくそして時には道を同行して料金をシェアできるという幸運にも巡り合う事ができる。過去にもそうした事は何度かあり、日本では掴み得なかった情報を入手する事も考えて最初はそういうスタ−トとした。
ユースはボストンの中心部から程近いところで、かの有名なバークレー音楽学院まで歩いて2,3分という立地の良い所であった。雰囲気的には学生街のような感じの所であるが、楽器屋があちこちにあったり、あるいは楽器を持ち歩いて移動している人を多数見かけるような文化の匂いがただようような素敵な所であった。小澤さんはすでにここを離れてウィーンに行ってしまわれた訳なのだが、街のあちこちに何だかその存在感を感じていた。
英語は正直なところ得意な方ではない。中華の食堂に入ってみたもののオーダーの仕方がわからない。書いてあるメニューもチキンかビーフぐらいの事はわかるがどういう料理が出てくるのか検討もつかない。それでも必死に値段や周囲の写真を指差しながらオーダーして出てきたものは、大量のブタ肉にイエローライスに鳥の空揚げであった。席に付いて食べてみるとどれも個性的な味で半分も食べる事が出来なかった。ただ、おいしくない、というのとは少し違うように思った。後は宿に戻り、時差が残っているのだろうと思いながらも早々とその日は眠ってしまった。 |