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America! 3 ■2004/11/21 ボストンからマンチェスター空港へ 21日、アメリカ3日目。この日は妹夫婦と夜に空港で待ち合わせする事にしていた。 行き慣れた地下鉄駅。ホームで電車を待っていると近くに白い杖を持った女性が現われた。この人も地下鉄に乗るのかな?くらいに思ってその人を見ていた。電車がやってきた。そして扉が開いたのだが位置がわからなかったのだろう、その人はよろけて体のバランスを崩した。自分はすぐ近くにいたので咄嗟に判断し、肩を取って扉の所まで案内しその人を電車に乗せてあげた。それにしても危ない所だった。ちょっと間違えば転びかねない。何故そんな事が起きたんだろうか。 その駅には点字ブロックが設置されていなかった。その駅だけでなく、ボストンの街中はだいたいが似たようなものだった。点字ブロックが全てとは言わないがそれに代わるような物も見当たらず、目の不自由な人に対して親切に出来ているとは言い難い。もしかして今起きたみたいな事がここでは頻繁にあるのだろうか。それっておかしくないかアメリカ?日本だって全てが整っているとは言い難いが公共におけるこのような対応の面ではアメリカのそれには劣らないと思う。電車の止まる位置が車掌によってまちまちだったり、あるいは電車の扉位置が台車の新旧によって違っているとか様々な理由があると思う。それはわかるのだがこの事を機に街の中で改善すべき所があちこちに目に付くようにもなった。改善なくしては進歩もありはしまい。 目の見えないその人と話をしてみた。「大丈夫でしたか」と聞くと早口の英語でいろいろ話かけられてしまった。「すいません実はあまり英語が出来ないんです」と言うと「どちらから来たんですか」と聞いてきた。日本。すると驚く事に日本語で言葉を返してきた。「私、少し日本語話せるんです」。聞けば昔日本人の知り合いがいて、耳で聞いて覚えたのだと言う。いろいろと単語を知っているようではなかったけれどとても流暢できれいな日本語だった。ボストン好きですか?とってもいい街、気に入りました、でもちょっと危なかったですね。どこに行く所だったの?バスのチケットを買いにサウスステーションまで。同じです、私もそこまで行く所だったの・・・英語と日本語まじりでその駅まで会話は続いた。目が見えないので視線は僕と合う事はない。でもそれでも笑顔のとても印象的な人だった。駅に着くとその人を待ち合わせていた人がホームで待っていた。街が不自由な分、人同士が助け合おうとする意識は高いのかもしれない。でももしかすると助け合う意識が高い分、街の設備はこの程度で良いというところもあるのかもしれない。「気をつけて、良い日を」そう言ってそれぞれ違う方へ歩み出した。 電車でそうして駅に着いて歩いたもののバスターミナルがどこにあるかわからなくなってしまった。方向に弱いのかオレ?駅のインフォメーションがあったのでそこで場所を訪ねると「日本語で言ってみな」と日本語で言われた。黒人のどっしりした人だったのだけどびっくりした。今日は日本語日和なのか?「日本語しゃべれるんですか〜?」そうだよ少しね、いちにいさんしーごおろくしちはち。どこに行きたいんだい?「グレイハウンドのバスターミナル」それなら隣のビルだ、そこの出口を出てまっすぐ歩いた所さ。「ありがと〜♪」驚きの続く日だ。 待ち合わせのマンチェスター空港まではバスで一時間ぐらいの所だった。ただ本数が圧倒的に少なく寄る10時の待ち合わせなのに6時のバスに乗らなければ行けない状態だった。チケットと水を買いバスに乗り込む。間もなく満員となりバスは発車した。 空港に着く。ここは国内線中心の空港でそれほど大きなものではない。4時間も時間があったので空港内を歩いてみたがあるのはロビーと乗り場と展望出来るところとダンキン、マック、ネスカフェ、ベーグル屋とお土産屋。ベーグルで簡単に夕食を済ませてあとは持ってきた本を開くなどして待つ事にした。治安も良さそうだし不安はなかった。しかししばらくして思わぬ展開があったりしたのだが。 飛行機到着の時間が近付いてきたので発着状況の掲示板を見に行った。するとそこにはDelayの文字が輝いていた。遅れるのか、仕方ないな。到着時間は12:30と出ていた。そうなると真夜中だ。自分はいいのだが妹夫婦の事が気になった。というのは彼等2人だけなら良いのだが1才を迎えたばかりの娘が一緒だったのだ。それだけの遅れともなれば機内の乗客も気分の良いものではないだろう。大丈夫かなあ。心配しつつもそのまま待った。 そして12時を過ぎた頃、何やらその飛行機に関して構内アナウンスがあった。ほとんど聞き取れなかったが何やら天候の事を言っているようだ。掲示版を見たところさらに到着時間が伸びて1:30となっていた。どういう事なんだろう?おそらくは同じ飛行機の到着を待っていた人たちも顔がいぶかしげだった。誰かが”Bad,Foggi”と言っていた。フォギー?霧の事だろうか?当然外は真っ暗だったのだが表に出てみた。するとまぎれもなくそこは一面に霧だった。 霧、霧、霧。本当にすごい霧だった。近くの建物は電気が灯っているのが確認できる位で何も見えない。オレンジや白のライトに照らされて何だかムードはいいのだがマジかよという気分だった。これでは飛行機も到着できまい。しかし何でこんなに濃い霧が発生するんだ?途方に暮れているとガードマンらしき人が話しかけてきた。悪い天気ですね。そうですね、こういう霧はよく起きるんですか?たまにこうなる事があります、近くに川があってそこから霧が発生するんです。川から霧? 空港にある地図で確認すると確かに空港近くに川が流れているようだった。しかしそんなに大きそうな川ではない。川から霧が発生する仕組みもよくわからなかったが、それにしても何故こんな濃い霧が発生するのか、さらにわからなかった。この霧が消えるまで待つ事になるのか、しかし妹たちは大丈夫だろうか。飛行機はどこにいるんだろう?係の人に訪ねるとワシントンという返事が帰ってきた。ワシントン?なんでやねん。理由も知りたかったが後は何を言っているのかさっぱり聞き取りできなかった。 自分は自分で、時差の加減かあまり眠くもなかったのでその場を楽しむ事にした。霧といったっていつかは晴れるものだ。またしばらく待てばいい事だ。入っていなかったファーストフード店もある事だし何か注文してみよっと。ドーナツがおいしそうだったのでダンキンに行ってみる事にした。 いろいろなセットがあった。ドーナツとコーヒーのセット、ドーナツ2つとコーヒーのセット、クリームチーズベーグルとコーヒーのセット、シナボンロールとコーヒーのセット。どれもコーヒーとのセットだ。いろいろ迷ったけれどシナボンロールとのセットにする事にした。2、3人の客を待って自分の番が来た。「シナボンロールセット、プリーズ」言ってみたものの「は?」みたいな顔をする。もう一度同じ事を言ったが通じない。発音が悪いのか?「スゥィーナボンロールセッ!」3回目にしてようやく通じた。こんな事に日常茶飯事だったが多少は鍛えられたのか、旅の終わりの方では注文も無理なく出来るようになっていた。 おおきいコーヒーとシナボンロールをぱくつく。自分は全然大丈夫なのだが、彼奴ら大丈夫だろうか。心配しても始まらない事はわかっていてもやはり気になってしまう。エマ(娘の名前)が泣いてなければいいんだが。 掲示板の情報でも飛行機がワシントンにいる事がわかった。おそらく待機しているのだろう。もしかして、と思い公衆電話から電話をかけてみる事にした。妹は携帯を持っていたのだがその番号を教えてもらっていた。テレホンカードを買って銀色の電話器の前に座る。日本のカード式とは違って向こうではカードに書いてある番号を入力して電話をするという方式だった。で、その番号を押すと何やらアンサリングマシンがぺらぺら喋っている。何を言っているのかよく聞き取れない。番号のボタンを押せというのはわかるのだが何番でどうなるかがわからない。当てずっぽうで押してみたがうまくいかない。参る。どうしたら良いものか。こういう時に日本語を話せる人が出て来たらいいんだが昼間のようにはいかなかった。もしかしてガイド本に何か書いてないだろうか、本を取り出して見てみるとちゃんと”電話のかけ方”というのがあった。ツイてる。読んでみるとどうやら市外通話の場合は最初に1を押さなくてはならないようだ。携帯でも同じ事なのかな?わからないままにダイヤルしてみたがどうにか通話音が聞こえた。通和音、という事は繋がっているのか?しばらくして「ハロー」と聞き慣れた声が聞こえてきた。おお、大丈夫か、今ワシントンなのか?そう、霧で動けなくなっちゃったみたい。ダンナと娘、大丈夫か?大丈夫だけど大変、飛行機の外に出してもらえたのだけどなかなか機内の荷物を出してもらえなくて、乳母車を出してもらうのに交渉が大変だったよ。それでどうなった?なんとか出してもらえた、飛行機は動く予定らしいのだけど、その天候次第らしいのよね。そうか、まだ待ちかあ、確かにこっちはすごい霧がかかっているよ・・・。また何かあったら電話をすると言って会話は終わった。先ずは無事で何より。すでに夜中の3時だった。外の霧の状態は変わっていなかった。 |