mail back home

America! 5   


■2004/11/23 ニューヘブンにて

そうして妹の家で2日程滞在し、今度はニューヘブンへと向かう。ニューヘブン。今回はガイド本として地球の歩き方のアメリカ版を持っていったのだが、その街の情報は掲載されていなかった。小さい街なのだろうか。あらかじめネットで交通手段やホテルの状況などを確認してはおいたので問題はなかったが、それでも知らない街というのは緊張と期待の入り交じるものである。ボストンからバスに乗り込んで数時間、ニューヘブンのバスターミナルに到着する。ボストン同様、ここでもいろんな人がコーヒー持って歩いている。先ずはホテルに向かおうとしたが道がよくわからない。駅にいる人にあれこれ尋ねて今の場所と向かうべき方角を知る。向かうホテルの名前はダンカンといった。タケシ軍団の所有物ではないんだが、芸能人の名前を別とすれば初めて目にする名前だった。外は冷たい雨で、傘を片手にマップを片手に濡れたレンガの道を行く。小さな街かと思いきや、大きな体育館やビルがあったりで想像とはかなり違う街である事を知る。

2、30分もすると宿を見つける事が出来た。チェックインして荷物を置いてすぐに外に出る。疲れてもいて、そしてもう日も暮れかけてはいたのだが、日のあるうちに建築を見に行くのは自分の中では鉄則である。そこで目指したのはブリティッシュアートセンター、設計ルイスカーンである。

ブリティッシュアートセンター名版外観 交差点から

場所は宿からすぐ近くで、どうやら同じ通りにあるらしい。宿を出て左、地図を片手にまっすぐ歩く。お、あれだな。写真でしか見た事のない外観が、現実として一歩一歩自分に近付きつつある。道路際から外観を先ず眺める。コンクリートの柱と梁のフレームの中に鉄板がはめ込まれている。一部の隙も見せないようなびっしりとした箱。それでいながらも柱の太さは上階へ行くにつれて細くなっており、ここもエクセターの図書館と同様、構造に忠実なカーンの姿勢が見受けられる。そして何といってもその外壁に使われた鉄板が渋い。おそらく厚みのあるものが使われているのだろう、表面は波打つ事もなく硬質で力強い印象を与えている。錆びた様子は全くなく、亜鉛の特殊な加工が施されていると聞く。”これでどうだ”とカーンが言っているのが聞こえてくるようでもある。街に住んでいる人からすればどうなんだろう、私からすればそれだけですでに物凄い存在感を感じたものだった。

エントランス 吹抜

中に入る。エントランスは4層の吹抜けとなっていて、天空のトップライトから光が落ちる仕組みである。ただ残念な事にその日は雨。どういう光が落ちて来るんだろう、想像をたくましくもしたが、こればかりは仕方ない。壁はおそらくツキ板のベニヤ。梁はここでもしっかりと太い。全ては真直ぐな線で構成されている。ギャラリー内観

中の用途は美術館である。当然費用がかかるのだろうなあと思っていたのだが入場料は無料となっていた。ラッキー♪館内の撮影もフラッシュを焚かなければOKとの事だった。その用途にも関わらず寛大なものである、いいねぇアメリカ。

ギャラリー内 階段室ギャラリー 見上げコンクリート打放 目地

幾何学と生真面目さと大胆さ。そんなものが入り交じって出来ているように思う、カーンの建築は。仕事は常に遅かったとも聞く。おそらく何か自分の中で解答が見つかるまでは納得できないか、他の人に見せたくない人だったのに違いない。写真は館内の吹抜けのあるギャラリーの階段室部分。3層分のコンクリートの円柱に囲まれたそれは巨大なオブジェであり建築の存在感を力強く語るようでもある。写真ではちょっとわかりにくいかもしれないが、コンクリート部分の目地が出目地となっている。型枠を外した時に幾らか割れてしまうのはわかっていたと思うのだが、どうしてそのような事をしたのだろう。太陽の光までをコントロールしようとしたカーンである。計算できない要素を取り入れたのには深い訳があるような気がしてならない。

図書コーナー

図書コーナー。
真面目なのにカッコイイのか、それとも真面目だからカッコイイのか。四角四面のような建物であるのだが、それでも例えば谷口さんの建築とは全く違う。自分なりに言えば磯崎さんの建築のように見えたり、そして安藤さんの建築のようにも見えたりした。おそらくこのお二方もかなり影響を受けたのではないかと思う。そして優れたものが洋の東西を問わない事は建築もまた然りである。それでこの図書コーナーなのだが、広く空間が取られているのに無駄というものを感じさせない。それどころか読書空間という、個人が書物に集中し研究するためのスペースとして、建築の側から出来る限りの事をサポートしようとするカーンの姿が手に取れるようにわかるのである。ここを見ただけで泣けるくらい素晴らしいと思った。実際は泣かなかったけど。それでも自分もこんなもの作ってみたいと思ったよ。純粋な人だよなあ、カーンは。全く。

天井のトップライトを見る

天井。
上の階に行きギャラリーの天井を間近で見る。何か網のようなものが貼ってあるのがわかる。その上にはサンドブラストされたガラスと、そして直接は見えないけれど太陽の方向を巧みに計算して設計されたルーバーがあるはずである。ここまで繊細に考え抜かれた背景には、”絵は描かれていた時の状態に近い光で見るべき”という思いがあったと聞く。夕闇の青い空のそのトップライトの下で、何が建築なのかを考えてみたくなった。少なくともカーンの建築には、ここに来る人への最高の思いやりがある。おそらくは彼の孤独の中で考え抜いた結果のはずだ。空間を通して建築と向き合い、そして架空のカーンと語り合う。ご本人はもういなくて建築しか残っていない。しかし言葉の変わりに建築として、あるいは空間として彼はしっかりとしたメッセージを残していったのだ。何かを話す代わりに私は目を見開き肌で存在を感じ取り、そしてわずかな空間の響きを脳裏に焼きつける。

階段室入口階段 見下げ階段 手すり

てすり。
階段室の手すりなんだけど、ゴツイ。何をここまでこだわったのかと思うほどゴツイ。鉄板を曲げて加工してあるのがわかるのだが、どうしてここはここまで造形的にしたのだろう。ちょっと不思議でもあるが全体からしてみればアクセントになっていたような気もする。階段は空間と空間を結ぶつなぎ役と考えていたのだろうか、見るべき対象としてこの手すりは作られたのに違いない。

       

それにしても光が見たかった。考えられるのは次の日だったのだが、その日はサンクスギビングデイ。アメリカ中がお休みの日である。当然ここもお休みで中に入る事はできない。まあ壊れてナクナル訳でもないし、また来ればいいか。外に出て建物をもう一度ひとまわりする。最後にカーンにありがとうと言いその場を去る。外観 駐車場側から

帰りがけ。明日が特別の祭日という事もあってか、開いている店はほとんどなかった。それでもどうにか開いている酒屋を見つけてバドワイザーを買う。店員は無愛想な感じだったが思いきって”よい感謝祭を”と呼びかけてみた。するとにっこりと微笑んで”あなたもね”と言ってくれたものだ。旅はまだ続く。これからもどんどんいい事が起こって来そうな、そんな気がしてきた。

back
copyright (C)2004-2005 TAA all rights reserved