国府宮のはだか祭
行われたのは2月10日。これは毎年行われる日が変わる。旧暦の1/13に行う事が決まっているからだ。僕がその祭の事を知ったのはその2日前の2/8だった。たまたま家族と共に訪れた割烹で、そこの主人が話していた事がきっかけだった。 きっかけだった、というよりもその主人が「あさってははだか祭に出るんですよ」と言ってくれたぐらいのものだった。宴もたけなわという頃に出てきた話で皆相当酒が進んでいた。そんな時に自分も勢いついて「行きたい」なんて言ったりした。その場で主人は快く承諾してくれて、さらにお世話になる家の方に電話してくれたのだった。今まではだか祭を実際に見た事は自分にはない。持っている知識と言えば寒空の下で男達がはだかでぶつかりあっているくらいのイメージしかない。全てはノリとハズミだった。どういうものだか知らないがやってみようという気になっていた。 主人から集合時間と場所を教えてもらう。それ以外にサラシと祭足袋が必要だと言った。翌日9日になってそれらを探す事になったのだが、サラシは簡単に見つかったものの祭足袋がなかなか見つからなかった。祭足袋とは何かと言えば、これは白い普通の足袋と外見は同じなのだが、底の部分がゴムになっているのでいわば履物兼用の足袋なのだ。取り扱いはそれを必要とされる祭が行われる区域には普通に売っているようだがそれ以外はなかなか見つからないというシロモノのようだ。もちろんネットで検索して調べたりもしたのだが、明日の朝から必要になるという事となると送ってもらっている暇はない。仕方なく名古屋の呉服関係の店をひとつひとつ電話したりもしたのだが、即日入荷となると出来ないと言ってくる店ばかりだった。祭のある稲沢まで行かねばならないかと思っていた矢先、とある店が目についた。東海足袋株式会社。名前からすると足袋の専門店みたいではないか。これぞとばかりに電話して聞いてみると祭足袋は置いてあると言う。こちらから聞くまでもなく「はだか祭に出るんでしょう、サラシも置いてありますよ」と言ってくれたものだった。電話を置くなりすぐに買いに出掛けて行った。 言われた準備は整い、時間もあったのではだか祭のサイトを見てみた。はだか祭としての歴史は江戸の終わりぐらいからとあるが、その原形となるものを含めると1300年もの歴史があるらしい。行事自体はまず厄よけのための笹を奉納し、それからしばらくすると神男(しんおとこ)が出て来、はだか男がそれに群がりよってたかってその神男をさわりに行くのだと言う。触る事で厄が神男に移り、最後はその神男を神社に奉納する事でクライマックスを迎えるのだそうだ。その間には多量の水がはだか男に浴びせられ、水は一瞬にして蒸気となって立ち上るのだと言う。雪が降ってもおかしくないくらいの寒さの中で水が蒸発するぐらいの熱気が生まれるというのだ。果たして実際はどういうものなのか、凍える寒さと熱気の共存を早く知りたいと思った。 その興味と同時にというか、自分自身も禊(みそぎ)というべきか、体を浄めたいという気分が起こり、祭の前日は食を断った。まあ食は断ったと言うものの、飲み物だけは口にしているのでそれほどたいした事はないのだが。今風に言うならばプチ断食といった所か。祭に出て来る神男は神そのものだ。その神男に自分も触ってみたいという欲望があったのだと思う。 翌日、つまりは祭の当日。指定された時間は朝の10時だった。集合場所に向かいそこでしばらく待つと割烹の主人が現われた。「覚悟は出来ているか」これが主人の第一声だった。はだか祭は荒い男の祭である。時に人が人に踏みつぶされて重傷者や死者が出たりもしている。覚悟せねば臨めない祭だと瞬時にその事を悟った。「はい」とだけ返事をした。 しばらくするとタクシーがやって来て乗り込み、移動している間に今日のその祭の事を聞いた。歴史に始まって今までの自分の経験、食事の事や最中の注意事項などなど多くの事を教えていただいた。話題は祭の事に徹していた訳ではないが、話がそれたとしても自然と祭の事に話は向かっていった。道中ボコボコにされたりとか、名誉ある役を請け負ったりとか、酒の飲み方とか、聞いていて話が尽きるという事はなかった。そうこうしているうちにタクシーは目的地である世話係の家についた。 この家が大きかった。久々に見る大きな家だった。こういう家でこそ祭は受け継がれるものだろうと思わせる位の堂々とした成りをしていた。完全な日本家屋である。柱はどれを見ても太い。計りはしなかったが巾は7寸と見た。銘木も至る所に使われていた。庭も完全な和風庭園でしっかりと手入れが成されている。そうやって見ているうちにもだんだんと人が集結しつつあった。総勢で男40人程だろうか。女の人もいたが完全に世話に徹しているようだった。そうこうしているうちに広間に案内され宴会が始まった。ビールと酒と料理が振る舞われた。ビールは体が冷えるのであまり飲まないようにというお達しがあった。酒は当然ながら熱燗になっていた。料理は地の物で作り上げたと聞いた。菜の花のおひたし、どて煮、もろこの押し寿司、れんこん、卵焼き、漬け物、味噌汁、飯。どれをいただいてもとても美味しかった。酒もいいピッチで進んだものだが、あまり飲み過ぎるなとこれも忠告が下った。神社に向かう道中でも酒は振る舞われるというが、飲みすぎると潰れる事になる。この場合の潰れるは文字どおりの潰れるで、人の下敷きとなる事を言う。緊張が混じりながらも次第に顔は赤くなってきた。壁に地図が貼られていて今日の神事の説明が始まった。その家からお宮までは片道で2、4キロ程あると言う。そこまでを厄よけを願った布を取り付けた笹をかかげて行進する。姿は当然サラシのフンドシに祭足袋だけというものだ。その日の予想最高気温は8度、それでも今日は暖かすぎるのだと言う。暖かい日は気のゆるみが出てきて事故が多い言っていた。雪が降るくらいでないと身も引き締まらないし祭も盛り上がらないのだそうだ。 食事がある程度済んだ所で自分を含め初心者から着替える事になった。まずは風呂場へ行き湯舟につかって体をあたためる。あたたまった所で今度は風呂から出てシャワーで冷水をかけられる。そうして体の表面温度が下がった所で別室に行き、まずは足袋を履くように言われた。履き終わるとそこに待機していた人がサラシを自分に巻いてくれた。この巻き方がかなりのものだった。大の男が力一杯引き締めて巻いてくれたのだが当然ながらかなりキツイ状態だった。しかしながらキツイぐらいでなければ揉み合う途中でサラシが落ちてしまうのだそうな。サラシはフンドシとも胴巻きともなっている訳だが肛門にもぐいぐいと食い込んできた。少し痛いくらいだったのでその事を言ったがその程度がいいんだという返事がそのまま帰ってきた。 全員が着替えを終え外に出た。皆、白いサラシに白い足袋、そしてなおいと言われる青い布を渡されてそれを頭に巻いていた。奉納する笹も用意されていた。それを皆で担ぎ上げる。そして「わっしょいわっしょい」のかけ声と行進が始まった。寒さで少し身体が震えたが、気合いを込めて大声でそのかけ声を自分も発した。先導となる人がいてその人の指示に従うのだが、道中ところどころで担いでいた笹を立ち上げる事があった。理由はよくわからないのだが、男の威勢を誇示しているようにも思えた。これでずっとお宮まで行くのかと思ったら、5分もしないうちに近くの小さな神社に立ち寄りしばらく休憩のような感じとなった。ますはお宮に向かい2礼2拍1礼。終わった所で酒とツマミが振る舞われた。酒は今度は冷酒だった。何故熱燗でないのかとも思ったが、一端出陣したら火を通したものは御法度という事らしい。たき火が用意されており自分を含めてはだか男達はそこで暖を取った。周囲の家から多くの老若男女が集まっていたが、その格好や仕種からすると耐えられないくらいの寒さという訳ではないように見えた。やはり今日はあたたかな日なのか。しかしながら寒いものは寒かった。ただ周囲も同様のはだか男たちなので弱々しい事など言ってられる状況でもなかった。 しばらくして別の団体がやってきて合流する事になった。彼らはピンクのなおいの布を頭に巻いていた。私の回りは知らない人ばかりになったのだが祭の勢いなのかすぐに簡単に打ち解ける事が出来た。そうこうしているうちに「神男に触りたいか」と言って来る男が現われた。少し小柄な感じだが体つきはしっかりと逞しい。年を57と言っていた。私は進んで名乗り出た。男は、ならば自分に付いて来いと言った。人によって言っている事がまちまちであるのだが、神男に触るのはやはり至難の技らしい。10回出て2回しか触った事がないという者もいれば、2回に1回は触ったという者もいた。危険が伴うのも当然の事だ。おそらくその男とも途中ではぐれる事になるだろう、お宮でははだか男8000人がもみくちゃになるのである。でもこの男を信じてみようと思った。 再び出発となりわっしょいわっしょいのかけ声が始まる。旧街道と言われる道を、その笹を持ち上げながら、時に立ち止まり天に突き立て行進していった。しばらくしてもう一か所休憩所があり同様に酒が振る舞われた。尿意を思い出しトイレに行きたかったのだが長蛇の列となっていた。周囲は田んぼなのでその辺で済ませている者もいたのだが、ちょっとそうするには身が引けた。漏らしてもいいかなんて事も少しは考えていた。 移動しているうちにいろいろな集団がくっついてきた。それらの集団とは付かず離れずと言えばいいのか、距離感が重要らしく、先に行き過ぎれば止まれの号令がかかり、時にすぐ後の集団と入れ違いにもなったりする。そうしているうちに第一の鳥居が見えてきた。おそらくそこから先はお宮までは直線のはずだ。しばらく行くと今度は大きな太鼓橋が見えてきた。それを超えた所でストップがかかった。勢いで行きたがる者を怒鳴り付け強引とも言える位の迫力で行進は止められた。すると今度はそれぞれの団体が持っていた笹が一か所にまとめあげられ、縄でぐるぐる巻きにされた。そこで再び進めとなった。参道に入って来ると真直ぐに進むという事はなくかなり大きく蛇行するようになった。桟敷席などもあり多くの観客の姿があった。声も一段と大きくなったと思う。全てに勢いがあった。やがて山門まで辿り着き、そこを一気に突き抜けた。そしてその向こうにある奉納所になだれ込むようにしてその笹を突っ込んだ。大きな歓声が沸き起こった。その笹には多くの老若男女のはだかになれない者たちの願いが込められている。これで一つの目標が達成された。しかしこれからが本番だ。 その後は集団もばらばらになった。皆、参道のどこからか出てくるはずの神男を皆が待ち構えているのだ。神男は毎年決まった場所から出て来る訳ではない。その年の恵方から出て来るらしいという事も聞いたが確実に決まっている訳ではないようだ。なのでそれぞれが勝手な思い込みというか勘を頼りに待ち構えていた。そうしているうちに今度は水かけ部隊が出て来た。彼らの役目は神男が進むべき道を作る事にあるらしい。はだか男たちに水をかけて怯ませて道を作るというのだ。逆に言えば水がかけられる方向にはだか男は進むという事にもなる。水がかけられる所に神男ありという事だ。神男に触れたければ水の方へ行けと誰かが言っていたのを思い出した。とその時、見た事のある顔がそこにあった。前の神社の所で出会った「ついて来い」と言ったあの男だ。偶然とはこの事か。 その男の所に言って神男の出場所を聞いてみたが、まだわからんという返事が返ってきた。「まだ時間がかかるのか?」「いや、もう出てくる筈だ」しばらくして「こっちだ」と手を引かれた。その先にははだか男の小さな群れが出来ていた。水かけ部隊も相当な勢いで水をぶっかけていた。 群れはまたたく間に大きく膨れ上がってきていた。わっしょいわっしょいのかけ声はずっと続いているのだが、こんどはそれに混じって「これは違う」なんて事を盛んに言う奴が出て来た。聞いてはいたがダミーの神男というものがあるのだそうだ。これもダミーなのか。それにしても周囲はだんだん人が増えている。人と人とに押されてすごい圧力がかけられた。水もじゃんじゃんかけられてそれらは蒸気となって息をするのも苦しい程になる。皆が中心部に行きたがる。苦しいながらに少しずつ前の方に進んだ。周りの人間にがんがんに足を踏まれとても痛い。それでも前へ前へと進んだ。しかし何だかそれは自分の力ではなかったような気さえする。もしかすると”進めた”と言ってもいいのかもしれない。そして渦の中心まで来てその中にうずくまる男を見た。神男だ。手を延ばす。しかしなかなか届かない。もう少し延ばす。そしてその男の背に触れる事が出来た。一度触れて念のためもう一度触った。確かに触った。不思議な感触があった。何とも言えないのだが、ただわかるのは他の周囲のはだか男たちとは明らかに手触りが違うという事だ。 その場を少しずつ離れながら、卵子に向かう精子の事を想像していた。この祭りは人の生の営みをそのまま現しているのかもしれない。奉納された笹の束はペニスの象徴だ。時に威勢を上げてそれを虚空に突き立てる。お宮は女性自身であり、そこに男たちが男性の象徴となる笹の束を導き入れる。だからこそこの祭は男でなければ出来ない。神男はまさしく神であり、生まれる前の卵子だ。参道は膣であり放たれた無数の精子が卵子を求めて激しくぶつかり合う。やがて卵子は受精する。神男は神から人の原形となって別の世界へ送られるのだ・・・。勝手な想像なのかもしれないが全てがあてはまっているように思えた。 その群れから抜けると今度はこの上ない寒さがやってきた。男たちの群れに入れば熱気があるが、その外は極寒の世界なのだ。おまけに身体は水に濡れている。暖を取るため仕方なく再び集団の渦に入っていったがそこは再び苦の状況だ。どちらにいても楽ではない。どちらにいても同じ事だ。しかし今度はその渦からなかなか抜け出す事が出来なかった。 男の群れも少しずつ移動している。やはり参道を右に左に蛇行していく。群れの中心はだんだんと先程の山門へと向かっていた。門の中はかなり狭い。ただでさえ凄かった圧力がさらに増してきた。一度奉納の時に突き抜けた山門を再びくぐる。自分を含め男たちの雄叫びが山門という上下左右を囲まれた場所で爆発的にこだました。生きてここを出られるのか?瞬間そんな事を考えもした。それ程にすごい圧力だった。しかし次の瞬間には門を抜け出ていた。変わらずに蛇行しながら渦は進んで行く。神男を受け入れる場所がすぐそこまで来ていた。まだ神男に触っていない多くのはだか男たちがそこにいる。受け入れ所には白装束のおそらく宮司だと思うのだが、神男の受け入れを今か今かと待っているように見えた。その受け入れ場の上はあらかじめ建物にホースのようなものが仕組まれていて常時そこから水が出ていた。神男が受け入れ場の前まで来た。来た、というか神男も自分の意思ではなく周囲につき動かされてそこまで進んだのに違い無い。それまでのかけ声がそこで「あげろ、あげろ」に変わった。神男がその周りのはだか男によって持ち上げられた。宮司が神男を引き寄せる。なかなか引き上げられない。神男をひっぱる者もいた。難航しているようだったが、最後は力づくでか神男は引き上げられた。歓声があがった。全てが終わったような気がした。 神男には他にもその後に行事があるらしい。だがはだか男の仕事はそれで終了だ。皆、背を向けて来た道をひきかえしてく。私を導いてくれた男はどこにいったのか、その後は全く会う事もなかった。日はとっくに暮れている。終わってみればただ寒いだけの帰り道。濡れた体を覆う物は何もない。歯は勝手にガチガチと鳴る。身体も震える。神経もかなりヤバイ状態だ。2キロ以上の道を帰れるかどうか自信がなかった。しかし自信はなくとも自分を信じる以外に道はない。凍える寸前でついに自分は走り出した。走って体をあたためるしかない。たしか、線路沿いに行けば目印となる駅が見えてくるはずだと誰かが言っていた。しかし今はひとつ前の駅が前にあるのか後ろにあるのかさえわからない。自転車に乗った人が見えたので道をたずねた。”こっちに駅はありますか?”ある、と言ってくれた。お礼に自分が身につけていた、なおいの布を切り裂いて渡す。これは厄避けになるのだと聞いたのを思い出していた。ありがとうを言い、再びその道を走った。震える体を携えてただただ走った。 そうしているうちに”おーいこっちだ”と声がした。見てみれば今朝集合した家で会った人だ。聞けば家はもう近いのだと言う。また他の見知り顔に出会った。しばらくして見覚えのある家が見えてきた。着いたのだ。 家に着きまず足袋を脱いだ。これはそのまま捨てる事になるらしい。次にサラシをほどいた。これは持ち帰る事になるのだが赤ちゃんのおむつなどに使うと良いのだそうだ。それよりも何よりも体が震える。すぐに風呂に入れてもらい体を温めた。天国だった。どんな温泉よりも感動の湯だった。気が抜けた。しかしゆっくりもしていられない。何故かと言えばその風呂は2人入るのがやっとで次々とその家のはだか男が到着していたからだ。先輩をさしおいてゆっくりなどしておられない。さっさと切り上げて体を拭き自分の服に着替えた。体の芯はまだまだ冷えきっていた。家の中ではあるがジャンパーまでしっかり着込んでそれを耐えた。そしてそこで思い出したようにトイレに行った。祭の最中、結局はずっと行っていなかったのだ。寒さのためなんだろうか、尿意の事などすっかり忘れていた。 午前中にいた居間の方に通された。そこではあたたかい夕飯の仕度が出来ており席に通された。すき焼きだった。熱燗も用意されていた。ありがたい。そこでふたたび割烹の主人と一緒になった。「ご苦労さん」。長かったようで短いその祭の事をいろいろ振り返り、話はあちこちで盛り上がっていた。宴がたけなわともなった頃、私と主人のためにタクシーが呼ばれて多くの人に見送っていただいた。少し夢見心地のような不思議な気分だった。主人の、行き過ぎないための配慮が至る所に敷かれているのがわかった。 祭の話は当然そのタクシーの中でも続いた。本当に一日中”祭”の日だ。しばらくして今朝の集合場所に着いて車を降りた。「気を付けて帰るんだよ」「ありがとうございました」。そこからは自転車に乗ったのだが、しばらくして足が痛い事に気がついた。考えてみればそれはそうだ。身体は揉みに揉まれており、足は砂利の混じる中で幾度も幾度も踏み付けられていたのだ。今までその痛みに気付いていなかった方がおかしくはないか?しかしながらそんな痛みさえも祭の余韻というか、どこか心地よさにも支えられて月の照る夜を走り抜けて行った。 |