競争社会は豊かさを産み出すか 行ってみた。中は迷子になりそうなくらいに広い。天井も高い。こんなに売れるのかなあとあらてめて思わせるくらいに食料品もいっぱいだ。 駐車場も広いし、集客能力はものすごくあると思う。生き残りのためにはここまで巨大化しなければならないのかと思うくらいに。 今までその周囲にあったふつうのサイズのスーパーは当然打撃を受けると思う。そしてさらにもともとあった地元の商店街はさらに人が行かなくなる。 これでいいのかな?とふと思った。物品的な豊かさを求めて、より良い品を求めて、経済性と利便性を求めてこういう巨大スーパーが誕生してきているのだと思う。でもこのままだと強者はいいけど弱者は残れない。そして強者だってぎりぎりの戦いをしているから、そこで働いている人も楽じゃないと思う。これじゃ勝っても負けてもいい事ない。 新参者を受け入れる体制も必要だし、新参者はそこにあった街の仕組みに対しての配慮も必要だ。共に生き残る事を考えないとお互いの将来はない。たとえ生き残る側にいたとしても笑顔はないだろう。 しかし生きる事は競争なんだから、そんな事考えてられないって?でもその競争って事が問題なんだと思う。疲れて疲れて死んじゃう人は今年も減らないと思う。原理は競争だけではないはず。 巨大スーパーの中に個性はない。大半がMADE IN CHINAだって誰もが知っている。日本が空洞になっている。建物というハコは作るかもしれないけど中身を作らない国、日本。 そういう建物だって、その土地にも歴史にも触れるところが全くない。あるのは”大きさ”だけ。orz 30年前は、どこにでもまだ商店街というものが活躍していたと思う。資本が巨大化していく中でそういう商店街がシャッター通りになっていって人の流れも途絶えた。新しくできている巨大スーパーが、アーケード商店街のような造りをしているのは皮肉なものだ。人が集まる形態にさして変わりはないと思う。 スーパーだけじゃないと思うのだけど、どう生きていくのかが問われているのだと思う。戦後、と言ってもいいかな?物質面の豊かさはとっくに充足されたかもしれないけれど精神的な豊かさはさらに貧しくなってきているのではないだろうか。巨大な波に飲まれてしまいそうだけど、ここらがふんばり時なのかもしれない。あなたのためにも私のためにも。 |